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【9日目】中尊寺

8/13日
 
朝の船内アナウンスが秋田港の到着が近いと知らせる頃には、昨夜の船の揺れは嘘のように収まり静かな海を滑るように進んでいました。
   

 
誰も船酔い被害には遭わず、我が家は三半規管が発達していたみたいで安心。
    
残念ながらこの日私だけ夏休み最終日なので、家まで辿り着かねばなりません(涙)
 
翌日の事を考えるとどこにも立ち寄らずに東京直行でも良かったのですが、家族的には終日移動のみはちょっとツライですし、秋田に到着している意味も少なくなるので、途中一箇所だけしぼって観光しようと、前沢平泉ICで降りる。
  
平泉・中尊寺(→google)。平安時代に栄えた奥州藤原氏4代の足跡と栄枯盛衰がわかる史跡です。
  
 
 
流石世界遺産と言うべきか、人の多さにびっくりでしたが、滅多にお寺には行かないこともありちょっぴり新鮮です。
  

  
金色堂(→Wikipedia)。昔サザエさんのオープニングのワンカットにも使っていた場所ですね。
 

  
残念ながら内部撮影はNGだったので、以下拾い画像にて。
  

 
外装も内装も仏像も全てが黄金に輝く贅を尽くした総金箔張り。今だとアラブの大富豪がやりそうなやつですねー。
 
コンクリ建造物内で更にガラス張りなのは、創建1000年近くに迫る建物の劣化を最小限にとどめる為の工夫なのでしょう。
 
誰が見ても分かりやすい豪華絢爛な造りに、当時の奥州藤原氏の財力と栄華、祖・清衡の趣味が一目瞭然です。
 
須弥壇(しゅみだん)内には廟堂として4体が安置されており、清衡・基衡・秀衡・泰衡と連続する藤原氏4代が納められています。
 

   
興味深いものを感じる一枚。写真内で一人だけ首になっている箱に入っていた忠衡のミイラは実はフェイク。その後の調査で忠衡の兄、奥州藤原氏最期の君主泰衡である事がわかったのだそう。
  
 
  
泰衡は父・秀衡の教示を守らず、源義経を討った事を発端に、源頼朝との奥州合戦の末に奥州藤原氏滅亡に追い込まれてしまった。
   
秀衡は平家を滅ぼし全国に勢力を伸ばしていた頼朝を迎え撃つ為に、既に兄頼朝と対立し朝敵扱いされていた義経を将軍に就かせようとしたが、秀衡は急死し泰衡へ代替わりしていた。
  
頼朝は秀衡の代より奥州藤原氏を今後の反乱因子と考えていたため、内部から弱体化させるため義経と泰衡の分裂工作を図り、若き泰衡はまんまと策略に乗せられてしまった。
  
義経との対立、兄弟虐殺、頼朝への投降etc..首しか残らなかった泰衡の史実上の評判はすこぶる悪いのですが、
別人の名の箱に入れてまで直系墓所に納めた当時の関係者の良心を思うと、事実と真実はきっと違うのだろうなと感じました。
 
芭蕉もひっそりと佇んでいました。
 

 
わんこそばでしめます!
 

 
結局夜に帰宅、2017年北海道夏、今回もよく走ったよ。
  

 
初の総距離3000kmオーバーでした。
 

  
 
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Comment 2

2017.10.28
Sat
14:35

バル1400  

おつかれした

出発前にトラブルを出しきってくれた147に感謝ですねwww
道中何事もなくてなによりです。

思えば数年前に幌延のキャンプ場駐車場にて、東京から147で北海道までって
どんな無謀な人なんだと心配したものですが、意外といけるもんですねー

来年はジュリアのQFで北海道来てくださいm(__)m


2017/10/28 (Sat) 14:35 | REPLY |   
2017.10.31
Tue
11:28

novo  

Re: おつかれした

バル1400さん

コメントありがとう〜

全くノントラブルでした。てか長距離でもいつもノントラブルなので実はトラウマもないですね。ラテンの割には信頼性ありますし(笑)

家族が運転すると何故か機嫌を損ねるので、悪い気を送ってるのでは無いかといつも疑ってしまいます。

ラテン車乗り同士なので言わずもがな、デメリットよりメリットの方が上回ってると思うし、せっかく遊びに来ているのなら楽しく移動したいですねー!

2017/10/31 (Tue) 11:28 | REPLY |   

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